永井移籍
永井の清水への移籍が公式に発表されました。
長谷川健太のいる清水…というのがわたしとしては正直微妙な感じですが。
でもそこそこ活躍できるプロサッカー選手の人生が10年として…
サラリーマン人生が40年として…
ドッグイヤーならぬサッカーイヤーが
勤め人のざっくり1/4くらいかなぁ…なんてことを
自分に当てはめ、思いを寄せてみると…。
わたしなら自分の人生の向こう8年を、
信頼できない上司の元では働きたくないなぁ…と
おぼろげながら思ったりします。
残るリスクと出るリスク、それを天秤にかけて
永井の場合は少なくとも2006年が終わったときに
「出ない」という選択をしたと聞き及び…。
でも2007年は少なくともオジェックの元で
それなりに幸せな時間を過ごしていたのではないだろうか。
それが2008年シーズン開始間もないオジェック解任で
残りの半分近くを棒に振ったわけで。
思えばあのような形でオジェックを切った時点で
もう気持ちは離れていたのではないだろうか。
諸々を思えば、残るという選択はなかっただろうなぁと思う。
あるいは永井がその身をもって何かを訴えようとしたのかも…
というのは考えすぎかぁ…。
最早同僚がどうの、サポがどうの、という段階も超えていたのかもしれない…。
でも…。
でも、こうなる前に何かできなかったのか…とも思うのです。
二度と永井のように「このような形」で去る選手を見なくて済むように。
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2003年のナビスコ杯決勝は不本意な形での交代出場だったのか、
表彰台までの階段を不満そうな表情で登っていた。
2004年のステージ優勝では一転、
サポから送られた王冠やらシャンパンやらを
手に持って喜んでいる姿があって。
2005年は横浜で見たゴールが忘れられない。
2006年はあなたの決勝点でガンバを下し、
天皇杯を再び手にすることができた。
ガンバ戦での勝負強さ、本当に頼りになった。
2007年、シドニーで目にした同点弾、
あれは決勝トーナメントへの扉を開けてくれた1点だと信じている。
終わってみればMVPまで手にしていて。
CWCなんて夢まで見せてくれた。
曽ヶ端を置き去り、
無人のゴールに決めたシュート、
2008年シーズンで目にした数少ない僥倖の1つでした。
思い通りのプレーができず
シュートを外し天を仰ぐ姿を目にしては
いらいらさせられた時期もあったけれど
永井がくれた数々のゴール、
そして歓喜の瞬間に立ち会えるのが喜びでした。
これまで本当にどうもありがとう…。
「人は岐路に立たされたとき、必ず最善の道を選んでいるもの」
という友の言葉で、わたしは自分の選択を後悔するということが減りました。
あなたの選択があなたの人生に吉と出ますように。
そして願わくばもう一度、
浦和で一緒に戦える日が来ますように。
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「ながい」と打って変換すると
つい「永井」となってしまう、
そんなパソコンに何台も仕込んできましたが
これからは少しずつ「長い」と変換するようになっていくんだろうな。
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最後になりましたが、明けましておめでとうございます。
今年もマイペースで言葉を紡いでいければと思っております。